研究報告要約
調査研究
29-122
植木 啓子
目的
本研究は、長期的には戦後の大阪・関西の特長である、家電製品及び工業化住宅とその住宅内装部材と設備(インフィル製品)の製品自体とその開発やデザインの経緯と背景を探り、その成果を体系的に整理して、戦後の大阪・関西のデザイン史を記述することを目的としている。それは同時に、制作者の個の表現力に主眼を置く従来のデザイン史から離れ、使用者と向き合った結果として普及し、我々の生活に影響を与えた「普通のモノ」による「普通のデザイン」とその歴史を見据える試みでもある。この「普通のデザイン」に注目することによって、大阪・関西におけるデザインの歴史的な立ち位置を明らかにし、その業績を評価することが可能になると考えている。この目的に必要不可欠であるのが、本研究の短期的な目的、つまり今まさに失われつつある一次資料の発掘と記録であり、2017年度は特に工業化住宅のインフィル製品を中心に情報資料の収集とその検証を行った。
内容
本研究はまず、その長期的な目的を実現するための第一次資料の発掘と収集と整理が主たる内容となる。工業デザインの一次資料は、製品自体とその開発やデザインの経緯を示す関連資料となるが、これまでの調査によってこれら一次資料の遺失や未発掘、あるいは未整理が明らかになっており、資料の保全や情報の収集と記録は最優先事項である。しかし同時に、「戦後の工業デザイン」というテーマにおいて、それを大阪・関西由来のものに焦点を絞ったとしても、対象となる一次資料は広範囲かつ膨大であり、明確に対象範囲を設定し、仮説を立てながら実行にすることが求められる。本研究は、完結型の製品(アプライアンス)と空間部品・部材型の製品(インフィル)について、異なる視点での記録と整理が必要ではないかと考えるなかで、2017年度においては、未着手であったインフィルの情報資料の収集に優先的にあたり、対象範囲の妥当性の検証や課題のあぶり出しに取り組んだ。
方法
本研究は製品自体と関連資料に加え、制作・製造に関わった開発者やデザイナーへのオーラルヒストリー聴取を情報収集の柱としている。オーラルヒストリーは、聞き手とのコミュニケーションのなかで開発者等の個人的な経験や記憶、感情によって形成される物語であり、事実検証が困難あるいはその物語を裏付ける記録がすでに失われている場合はそれが不可能であるため、その資料性について疑義が呈されてきた。しかし、デザイン・製品に関する文字資料、例えば企画書や報道資料等についても客観性の担保が検証できるわけではない。本研究はオーラルヒストリーの内容をその性質とともに取り扱うことによって、記憶を記録する「もう一つの一次資料」として収集に努める。そこには企業によって整えられた公開用の資料には現れない発想の背景やプロセス、また試行錯誤や失敗事例が含まれており、成功事例と結果をつなぐ傾向にあるデザイン史からの脱却の契機がある。
結論・考察
アプライアンスに関する情報収集を進めるなかで一旦立ち止まり、インフィルに目を向けた成果は、将来への多く示唆を含むものであった。第一に、「デザイン」の定義の揺らぎと変化である。デザイン史を記述する上で、この変化をどのように取り込むか。例えば、現時点のデザイン定義に立って50年前のデザインを記述することと、50年前のデザインの定義に立ち、その時点のデザインを記述することの間に生じる差異をいかに扱うかということである。第二に、デザインの定義の変化に加え、評価基準の変化とその変化の誘因の取り扱いがある。この変化の誘因は技術、市場、そして政策に渡る複合的なものであり、人々がそのなかに身を置く空間のデザインにおいて、より明確に浮上した。さらに、特にオーラルヒストリーが示すデザインの変化や革新における歴史的偶発性をどのように検証するのか。これらは課題であるとともに、本研究のさらなる発展の可能性でもある。
英文要約
研究題目
An attempt to form a corpus of post-war industrial design in Osaka-Kansai region from multiple perspectives.
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Keiko Ueki
Curator, Osaka City Museum of Modern Art
本文
This research project recognizes industrial design as significant historical influences and cultural resources, and attempts to clarify a history of post-war industrial design in Osaka-Kansai region in Japan. It also questions a tendency of design history underlining formal qualities of design and creativity of designers, and collects and analyzes primary sources including designed objects, documents and oral histories from multiple perspectives.
Facing continuous loss of primary sources in the industrial design fields with absence of comprehensive design archives, which cannot be overlooked now, this project is an action to reevaluate industrial design in various cultural contexts.