審査講評
テーマ:「インフラとしての建築」
審査員/千葉 学 氏
今回は、「インフラとしての建築」という投げかけを皆さんにさせて頂きました。僕自身も、確かな答えを持っているわけではありませんが、これからの時代に建築に携わる人たちが考えていかなくてはならないテーマであることは確信しています。だから審査に当たっては、即座に良し悪しを判断するというよりも、何度も皆さんの提案を読み返し、そこに潜む可能性の萌芽を見つけていくような想いで臨みました。「インフラ」という言葉から連想される数多くの気づき、現代社会に対する疑問、未来に向けての構想など、数多くの魅力的な提案が集まったことは、大変嬉しく、また興奮する体験でもありました。改めて応募者の皆さんに感謝いたします。
最優秀作の「屋台の風を吹かす街角の給水櫓」は、地下水脈と直結した大きな櫓の提案です。人々の生活に不可欠な水を媒介に広がる様々な活動の場を実に楽しげに構想しています。出来上がった建築が、地下水を汲みあげることを表象していなかったり、水脈との繋がりをリアルに体感できる場がないことには少々物足りなさも感じましたが、地域の状況に応じて商いの場になったり、日常生活の舞台にもなったり、あるいは災害時には地域の防災拠点になったりと、水が紡ぐ安心や人々の繋がりは、未来に向けての前向きな提案です。とても好感を持ちました。優秀作の「浮遊する伽藍」は、寺を地域のインフラとして再編する提案です。かつて地域社会において様々な役割を担っていた寺は、近年の都市化の過程で都市の残余空間のようになってしまいましたが、それを地域の木造密集地域の再編と連動させ、新たな伽藍を構築しようというものです。宗教上の拠点を超えた、これからの寺のあり方の提案としてもリアリティを感じます。もう一つの優秀作の「連担のすゝめ」は、空き家、解体、空地と遷移する過程で都市に生まれる空地を、地域コミュニティの核に位置付けようとする提案です。様々な面で「縮小」を余儀なくされる時代を迎えた現在、空地の活用は、建築を建てることと同等の価値を持つことになるでしょう。その空地を空間化するために、空地を取り囲む建築の表層にまで遡及している提案は、説得力がありました。
また佳作の作品も、いずれも独自の解釈でこれからのインフラを構想していて優れたものでした。「主体(不)在の庭」は、人間中心社会の主体を読み替えて、建築の存続意義をズラしていく批評的な作品です。ユーモアのセンスも冴えていました。「百年復興住宅」は、インフラの必要性が時代とともに変化していく様を、最終的に土に還る復興住宅の計画で体現したものです。インフラが担うべき時間軸を顕在化させた点で、多くの気づきを与えてくれました。斜面地の土木構築物を地域に開き繋げていく「BASEMENT CITY」は、いわゆるインフラと建築の境界を揺さぶり、これからの街のあり方の一つの可能性を提示してくれています。 新たなモビリティを社会のインフラと捉えた「依存的多動建築」は、極めて現代的なテーマに真正面から取り組んだものとして新鮮でした。境界面を改変すれば、川のインフラとしての意味も変革しうるとする「川の営みと共に」は、小さなアイデアの蓄積が大きく社会を変えていくものとして共感するものでした。「ボロくてかわいいまちのインフラ」は、地域に愛された施設を改修し、市民の拠り所とする提案です。建築の物質性ではなく、人々の記憶こそインフラだとする視点は、考えさせられるものでした。現代の都市災害への備えのための場を開くことでインフラの日常性を問い直す「地中の森」やインフラを露わにするだけで人々の繋がりや日々の生活を改変する「なぜインフラは地中に埋没しているのだろうか?」は、従来型のインフラの運用や都市空間への関与の方法を変えるだけで、日常が劇的に変化していく様を表現しています。
高度経済成長時代には、インフラをつくることは発展の証であり、未来の象徴でしたが、成熟の時代を経てインフラは背景に退き、それが支えているものも支えられていることも意識の外に追いやられてしまいました。しかし東日本大震災以降、インフラの役割や価値、あるいはそれらが繋ぐ場所の意味やコミュニティとの関係性など、様々な課題が浮き彫りになりました。時代は大きく変わっているのだと思います。そしてこのような視点は、実は建築に携わる人たちにこそ広く共有されていく必要があります。建築が個人の財産や不動産、あるいは消費財的に扱われてきた日本において、その意味はますます深化していくでしょう。是非ともここでの思考を継続し、これからの新しい建築のあり方を力強く提示し続けてほしいと思います。
Profile
千葉 学(ちば まなぶ)
東京大学大学院工学系研究科 教授
建築家
1960年東京生れ。
1985年東京大学工学部建築学科卒業。
1987年同大学院修士課程修了。
株式会社日本設計入社(~93年)、
1993年ファクターエヌアソシエイツ共同主宰(~01年)、
2001年千葉学建築計画事務所設立、
東京大学大学院工学系研究科准教授(~13年)、
2009年スイス連邦工科大学客員教授(~10年)、
2013年東京大学大学院工学系研究科教授、
2016年東京大学副学長、
2017年ハーバード大学GSDデザインクリティーク、
現在に至る。
[主な受賞]
2009年日本建築学会作品賞(日本盲導犬総合センター)、2013年ユネスコ文化遺産保全のためのアジア太平洋賞功績賞(大多喜町役場)、第27回村野藤吾賞(工学院大学125周年記念総合教育棟)など。
[主な著書]
「人の集まり方をデザインする」(王国社)J Peak Manabu CHIBA(EQUAL BOOKS)「rule of the site-そこにしかない形式」(TOTO出版)など。
(平成29年度)第24回ユニオン造形デザイン賞
テーマ:「インフラとしての建築」
審査員:千葉 学氏 審査講評
賞 | 受賞者氏名/所属機関 | 作品名 | 共同制作者 | 賞金 (単位:千円) | |
最優秀賞 | 鈴木 翔之亮 横浜国立大学大学院 都市イノベーション学府 | 屋台の風を吹かす街角の給水櫓 | 作品 | 500 | |
優秀賞 | 菅野 正太郎 mi Co. | 浮遊する伽藍 | 作品 | 共同制作者/ 園家 悠司 (佐久間徹設計事務所) | 400 |
優秀賞 | 野本 壮太 京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科 建築学専攻 | 連担のすゝめ | 作品 | 400 | |
佳作A | 鈴木 俊 東京理科大学理工学研究科 建築学専攻 | 主体(不)在の庭 | 作品 | 共同制作者/ 國分 元太 (東京理科大学理工学研究科建築学専攻) | 200 |
佳作A | 横山 大貴 日本大学大学院理工学研究科 建築学専攻 | 百年復興住宅 | 作品 | 共同制作者/ 藤井 将大 (日本大学大学院理工学研究科建築学専攻) 佐藤 千香 (日本大学大学院理工学研究科建築学専攻) | 200 |
佳作A | 渡部 総一郎 フリーランス | Basement City | 作品 | 200 | |
佳作B | 池川 健太 フリーランス | 依存的多動建築 | 作品 | 150 | |
佳作B | 田村 聖輝 横浜国立大学大学院Y-GSA 建築都市文化専攻 | 川の営みと共に -川の流れを受け入れる治水技術による生物多様共生型の水涯線- | 作品 | 150 | |
佳作C | 齋藤 直紀 慶応義塾大学大学院理工学研究科 開放環境科学専攻 | ボロくてかわいいまちの インフラ | 作品 | 100 | |
佳作C | 横田 英雄 フリーランス | 地中の森 | 作品 | 100 | |
佳作C | 山崎 嵩拓 東京大学大学院 工学系研究科 都市工学専攻 特別研究員 都市計画(景観・緑) | なぜインフラは地中に埋没しているのだろうか? | 作品 | 共同制作者/ 尾門 あいり (積水ハウス株式会社) | 100 |
合計11件 | 総額 2,500 |