研究報告要約
調査研究
30-113
笠原 一人
目的
本研究は、歴史的建築物の中でもいわゆるモダニズム建築に焦点を当て、その優れた改修(リノベーション)事例を調査し、歴史的文化的価値を考慮した適切な改修のあり方を検討しようとするものである。モダニズム建築とは、鉄筋コンクリートや鉄骨、ガラスなど工業製品を多用し、装飾を排除した抽象性の高いデザインによる建築を指す。戦後建設されたものでさえ50年以上が経とうとしており、歴史的価値を持つようになっているが、その改修デザインは、いわゆる様式建築のものに比べて考慮すべきことが多いため非常に難しく、特に日本では歴史的文化的価値を考慮した適切な事例は極めて少ない。そこで本研究は、ヨーロッパやアメリカのモダニズム建築の複数の事例を検証し、モダニズム建築の改修デザイン手法の成果と課題をとらえ、今後の日本での適切な改修のあり方を検討しようとするものである。
内容
歴史的価値の保存と大きな改修の両立こそが、新たな課題となっているが、その両立は簡単なものではなく、近年特に課題となっているのが、いわゆる「モダニズム建築」の改修である。モダニズム建築の場合、著名な建築家の自律性の高い完成されたデザインであることが多く、改修するとオリジナルの価値が損ねられやすく、またモダニズムのデザインに似合う新しいデザインにすることが難しい。全面ガラス張りの建物の場合、内部の改修が外観にも影響する。
ヨーロッパやアメリカにはモダニズム建築の優れた改修事例が多数存在するが、日本では、いくつかの事例を除いて存在しない。本研究では、モダニズム建築に絞って、ヨーロッパおよびアメリカの優れた改修事例を調査し、その改修デザイン手法の特徴を導き出す。改修デザインの研究は増えつつあるが、日本が直面するモダニズム建築の改修の問題に取り組んだ研究は管見の限りでは見当たらず、そこに本研究の意義と独創性がある。
方法
ヨーロッパとアメリカにおけるモダニズム建築の改修事例のうち、歴史的価値と新たな活用を適切に両立させた事例を選び、文献調査および見学調査によって、そのオリジナルのデザインや歴史的価値の守り方、および新しいデザインの加え方について考察した。 事例としては、アメリカはニューヨークの旧TWAターミナル(エーロ・サーリネン設計/1966年竣工)、ニューヨーク近代美術館(MoMA/エドワード・D・ストーン/フィリップ・S・グッドウィン設計/1939年竣工/谷口吉生改修設計/2004年改修)、アリス・タリー・ホール(ピエトロ・ベルスキ設計/1969年竣工/ディラー&スコフィディオ+レンフロ改修設計/2009年改修)、ニューヘブンのイエール大学芸術棟(ポール・ルドルフ設計/1963年竣工)、ボストンのMITチャペル(エーロ・サーリネン設計/1955年竣工)、オランダはアムステルダムの子供の家(アルド・ファン・アイク設計/1960年竣工/ヴェッセル・デ・ヨング改修設計/2018年竣工)、イタリアのリンゴット工場(マッテ・トルッコ設計/1923年竣工/レンゾ・ピアノ改修設計/1989年竣工)などを取り上げ、文献調査および見学調査を行った。
結論・考察
戦前から戦後にかけてのモダニズム建築の名作を中心に文献および見学調査を行った。イエール大学芸術棟やMITチャペルについては、現在もオリジナルの機能のまま使われ、空調や設備、機能的な改修は行っているものの、オリジナルの姿を重視して保存されている。
一方、リンゴット工場は商業施設、旧TWAターミナルはホテル、子供の家はオフィスに、建物の用途を変えている。リンゴット工場は中庭や屋上に増築し、旧TWAターミナルは背後にホテル棟を増築し、目立たなくしている。子供の家は、ほとんどデザイン的な変更なくコンバージョンされている。
また、ニューヨーク近代美術館やアリス・タリー・ホルは、改修後の機能に変化はないが、増築された事例である。いずれも、ガラスの箱のような建物が増築されて、オリジナルの建物と対比的だが調和を図っている。
総じて、モダニズム建築の大きな改修事例はまだ少ないが、オリジナルを極めて尊重した改修事例が多い。増築の場合、ガラスの箱のような抽象性の高いデザインで、オリジナルと区別しながら調和させているものが目立つ。今後のモダニズム建築の改修のモデルとなるだろう。
英文要約
研究題目
Research on the renovation method of the modern movement architecture
: Toward the coexistence of historical value and new design
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Kazuto KASAHARA
Kyoto Institute of Technology
Assistante Professor
本文
We investigated literatures about some renovated architectures which are masterpieces ofmodern movement from pre-war to post-war times. Then we visited them.
The Yale Universityof Art and the MIT Chapel are still used by original functions, and are preserved with theoriginal appearance. On the other hand, former Lingotto plant in Milano and former TWAterminal in New York have been converted into a commercial facility. Museum of Modern Artand Alice Tarry Hall in New York have been expanded to contrast with the original building in harmony. There are a few large renovations of modern movement architectures. Most of them are kept the original state respected. But in the case of extension, the abstract design such as a glass box, which distinguishes it from the original.