研究報告要約
調査研究
4-114
植木 啓子
目的
本研究、インダストリアルデザイナ・アーカイブズ研究プロジェクトの目的は、戦後の関西、特に大阪の主要産業でもあり、特長・文化でもある①家庭電化製品、②工業化住宅、③住宅設備及び建材を対象に、製品や設備・建材自体とその開発・デザイン経緯や背景にかかる情報・資料の収集を行い、整理・公開し、今後の幅広い研究のリソースとして提供することを長期的な目的に持つ。その視点は、工学的な意味や技術としてのデザインではなく、基本的には、所与の技術や機能に形を与え、造形的な質の差異を生み出す「デザイン」にある。
投じられた革新的な発想や創造力は相当な大きさであったと推測できるにも関わらず、基本的には消費財であり消耗品である工業製品や設備・建材は、文化価値を有するものとして保存や記録の対象とならず、開発者や製品自体から得られただろう貴重な情報の多くが、すでに失われつつある。本研究は、その試みを普及することによって、工業デザインにかかる「歴史の収集と保存」への気運を醸成することを、間接的ではあるものの大きな目的としている。
2014年から継続してきた本研究が当初から目標としてきたのが、集積された情報を戦後関西・大阪の歴史及び文化的な業績として、実際の製品や設備・建材をもって一般に提示し、「体験」としてその価値への認識を深めてもらう機会であり、研究発足から8年になる令和4年度において、展覧会における実物・復元物を紹介することを目的とした。
内容
本展示は、大阪中之島美術館の開館記念展となる「みんなのまち 大阪の肖像」2期の一部として実施した。この開館記念展は、戦前1期と戦後2期に分け、明治期から現代に至る大阪の文化芸術の変遷を辿る試みであり、大阪中之島美術館が開館前の準備室時代より積み重ねてきた大阪の近現代美術とデザイン分野における作品資料収集と研究の成果を概観する内容である。そもそも文化・芸術都市としては評価が進んでいない「大阪」自体をその中心テーマに据え、美術・アートやデザイン、産業や商業の分野を横断しながら展開された大阪の創造活動のなかに家電製品や工業化住宅のデザインを位置づけた。
「祝祭との共鳴」と題した戦後2期の展覧会では、203点の作品・資料と6章構成によって、戦災復興期から高度成長期を経て、1970年大阪万博、そして現代へと起伏の激しい時代を生きたまちの姿を、その時代に生み出された絵画、彫刻、版画や写真などの美術作品、広告、工業化住宅や家電製品などデザイン活動の成果を通じて浮かび上がらせた。工業化住宅及び家電の展示は、3章に集中させ、123点の製品資料1点1点の特徴を提示・紹介するだけではなく、集合体としてライフスタイルを描き出し、また時の変遷の線的な構成によって、製品とライフスタイルの変化を視覚化した。工業化住宅の展示においては、工業化住宅の成長・普及期にあたる1970年代の75年に焦点を絞り、発見・保存されていた当時の資材に加え、多くを当時の材料や加工方法を元にして製造した建材・設備によって復元した。
方法
展示効果の向上とそれによる来場者の体験の充実が、本研究、特に今回の展示プロジェクトの目的である歴史的工業製品の文化的価値への認識を高めて本研究の普及を図る上で、もっとも重要視されるべきところである。そのため、工業化住宅の展示においては、規模や素材、空間の体験を可能にする実物大の復元を目標とした。また、生活空間としての住宅の展示だけではなく、工業化住宅の登場と普及がもたらした住宅の大きな変化において、重要な要素である構造と施工方法を展示するため、住宅の一部をスケルトンとし、軽量鉄骨による構造を見ることができるよう計画した。
工業化住宅メーカーである積水ハウスを《積水ハウスB型》を核に、床・壁材、壁紙、玄関ドア、サッシ、キッチン、浴室・トイレ、建具、電材など、それぞれの専門メーカーが当時の材料・加工方法・デザインの調査、研究、そして復元の可能性の検証を実施した。その期間は1年に及んだ。既存の美術館展示室が住宅施工の場所となるため、基礎を打つことができないことや、施工期間が非常に限られていること、また騒音や水の使用などが制限されることなどから、通常の住宅施工とは異なる工程での進行を余儀なくされた。そのため、施工チームは外部で仮組や施工方法の確認のためのリハーサルなどを行っている。
本研究・展示の実現において必須であったのが、プロジェクトチームの組成とチーム内での文化的資源としての工業デザインの顕彰という目的の共有であった。それが復元にかかるディテールと質の実現につながっている。またこの機会を当時の工業化住宅や住宅施工を経験していない若手研修の場として、プロジェクトチームは住宅自体のみならず、当時の生活文化背景の調査を若手主導で進めた。
結論・考察
復元をめざしての企画、準備のプロセスにおいて判明したのは、1970年代の製造・加工方法が現在のそれを大きく異なり、それを知る者、さらには再現できる者や環境がすでに失われている部分があることである。それは現在のおける企業活動において何ら支障のあることではないものの、現代社会における歴史文化資料の保存においては問題であるともいえよう。あらゆるものの製造と消費のサイクルが加速するなか、我々の歴史への意識はそれに追いついていない。より正確には、追いつくことができない。今後、保存すべきものへの価値判断が定着する頃には、すでにそれが完全に失われている可能性も否定できない。博物館や美術館の分野においても、文化財保存にかかる軸足は、より古いもの、現在における歴史的価値が認められているものに置かれており、現在が未来の歴史となることに対する認識はあっても具体的な方策が図られているとは言えず、これは本プロジェクトの対象である工業デザインのみならず、美術を含めた他の分野においても同様の傾向があることは否めない。現代におけるさまざまな創造活動の成果は、地層のなかで遠い未来での発掘を待つことはなく、現代のうちに撤去されて失われる。我々の生活に文化的な影響をもたらすのは、いわゆる「文化財」ではなく、企業活動によってもたらされる多様な「消費財」ではないか。歴史的な「文化財」と、今、我々が存在する現在を繋ぐ線上には数多くの「消費財」があるのではないか。価値判断と保存可能性との時間軸のギャップが、今後、歴史の空白を生むことについて大きな懸念を提示して、本報告書の結語としたい。
英文要約
研究題目
Displaying a history of industrially-produced homes, their materials/equipment and household electric appliances in postwar Osaka
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Keiko Ueki
Chief Curator, Nakanoshima Museum of Art, Osaka
本文
Industrial Design Archives Research Project focuses on household electric appliances, industrially-produced homes and their materials/equipment, which have been some of the major and dynamic industries in postwar Osaka and of the driving forces of Japan’s high economic growth. The project collects their historical information and materials as resources for present and future researches. Industrial products and materials are indeed consumer’s goods, and not expected to be conserved for a long time and not considered as cultural properties. However, as their impacts on our postwar lifestyle and culture are significant, the project values their importance as cultural materials even after completing their lifetime as industrial products.
For promoting the project’s activities and cultural values of industrial products, the project has organized an exhibit as part of the inaugural exhibition of Nakanoshima Museum of Art, Osaka, Our City: Portrait of Osaka (August 6 – October 2, 2022). With 123 pieces of industrial materials including household electric appliances manufactured between 1950s and 80s, and a full-scale industrially-produced home of 1975 specially reproduced for this exhibit, the exhibit has portraited an ever-changing lifestyle and culture.
The project has also seen, thorough planning the exhibit, a huge loss of knowledge, records, techniques, and materials that existed just 70 to 50 years ago. As production and consumption cycles accelerate, our recognition of history cannot catch up with their speed. The postwar period is the most resent and may be a least recognized.