研究報告要約
調査研究
5-105
秋田 亮平
目的
本研究は独創的な構法による極薄シェル構造の実現を目指すことで、その空間構造を探究するとともに、環境負荷に配慮したシェル構造の可能性を提示することを目的とする。コンクリート造のシェルを一般的な構法で実現するためには、引張材である鉄筋のかぶりを取るために厚く重くなってしまう。また、型枠に打設する構法は、流動性あるコンクリートを維持するために型枠を強固にする必要がある。そのため、自由な曲面の生成が難しく、生産コストが高くなってしまう傾向にある。そこで着目
したのは、FRPや乾漆、医療用ギプスのように布状の繊維をバインダーで固めながら積層する手法である。布状の繊維を積層する手法は、工芸作品や彫刻作品などで用いられるが、建築では柱の耐震補強のような形では見られるものの、空間構造の事例はほとんど見受けられない。また、GRCのように細断したガラス繊維によりセメントを補強する手法はあるが、その多くはカーテンウォールに代表される外壁や内外装における部材としての利用である。
環境負荷が問われる昨今では、セメント焼成時のCO2排出量が問題となるが、極薄シェルはセメントの使用量を大きく減らすことが可能である。また、引張材として用いる繊維も麻などの自然素材を用いるとともに、バインダーも自然由来の素材の可能性を検証することで、自然に還るシェルの可能性も模索する。
本研究の意義は、積層繊維補強セメントを工芸的な技法から再考することで、卵の殻や貝殻のようなモノコックの極薄シェル空間構造の表現の幅を広げるとともに、環境負荷に配慮したシェルの可能性を提示することにある。
内容
本研究では3つのフルスケールのシェルの実作を行っている。
各シェルでは、①積層繊維補強セメントによる極薄シェルのスケールアップの実現、②ポルトランドセメントに代わる自然由来のバインダーによるシェルの実現、③自然由来の素材による極薄シェルの実現を目指す。
①ハンドレイアップ法による積層ガラス繊維補強セメント極薄シェル
スケールアップの実現にあたり、材料実験を経て、ガラス繊維補強セメント(GRC)を採用することで、極薄シェルの高強度化と耐久性向上を目指した。
ガラス繊維をセメントで積層していくハンドレイアップ法を採用し、総勢20名ほどの手作業による工芸的な成形方法で、人が入れるスケールのシェルを制作した。
②竹繊維補強による土とマグネシアセメントのシェル
環境負荷に配慮したシェルを目指すに当たり、ポルトランドセメントに代わるバインダーとして、マグネシアセメントに注目した。マグネシアセメントは、酸化マグネシウムと塩化マグネシウムの混和物で、ポルトランドセメントと同様の硬化反応をおこす。
マグネシアセメントは硬化物でありながら、長時間の炭酸化の過程を経て、安全に自然に還っていく性質や、マグネシウムを含む廃棄物は肥料としても用いることが可能と言われていることから、自然に還る構造体として昨今の環境問題へのアプローチから非常に研究意義のある素材であると考えられる。
構造に利用した例は少なく、土を酸化マグネシウムで固めたブロックによる組積造の作品があるが、シェル構造のような事例はほとんど見受けられない。本シェルではマグネシアセメントと土によるシェル構造の実現を目指すことで、ポルトランドセメントに変わるバインダーとしてマグネシアセメントの有用性を探る。
③土とマグネシアセメントによる繊維補強極薄シェル
②のシェル構造の実践から得たマグネシアセメントの有用性を展開する形で、マグネシアセメントによる繊維補強極薄シェルをめざす。廃棄物となる型枠を減らすため、極力型枠を作らないことを新たな条件とした。
型枠を用いないシェルの造形方法の可能性としてカテナリーに着目し、吊り下げた布に土とマグネシアセメントを直接吹き付け、硬化後にひっくり返すことでシェルを制作した。
方法
①ハンドレイアップ法による積層ガラス繊維補強セメント極薄シェル
・材料の実験
ポルトランドセメントによるテストピースのほかに、通常のGRC(ガラス繊維補強セメント)以外に混和剤を加えたものなど計4種類のGRCのテストピースの合計5種類のテストを行い、高強度で収縮の小さい配合を選定した。
・施工方法と型枠の検討
部分モックアップと並行して、ビジュアルプログラミングを用いて、シェルの形状をもとに型枠の設計からカットデータの生成までが行えるアルゴリズムを制作した。
・フルスケールのガラス繊維補強セメント極薄シェルの制作
CNCルーターで切り出した部材でフレームを制作し、メッシュを張ることで型枠とした。
総勢20人ほど集まり、ハンドレイアップ法によりGRCを積層していくことで、人が入れるスケールのシェルを制作した。
②竹繊維補強による土とマグネシアセメントのシェル
・材料と施工方法の実験
マグネシアセメントと土の他に、生えてる竹から繊維を取り出し、添加することで繊維補強とした。配合を変えながら、部分モックアップを制作し、載荷試験を行うことで、配合比や施工方法を確認した。
・竹繊維補強によるマグネシアセメントを用いたシェルの制作
竹のしなりを生かした形状の型枠を制作し、竹繊維補強のマグネシアセメントをコテで押さえながらシェルを制作した。
③土とマグネシアセメントによる繊維補強極薄シェル
・材料の実験
真砂土、酸化マグネシウム、塩化マグネシウム、水の配合比率を変えた試験体を作成し、圧縮試験を行うことで、マグネシアセメントの特性を調べた。
・形状と工法の検討
布にセメントを含浸させたテストピースの他に、新たな工法として吹付けに注目した。いくつかのモックアップを制作し、素材と工法が生み出す造形の可能性を模索した。
・形状バリエーションのシミュレーション
カテナリー形状に焦点をしぼり、物理演算プログラムを用いて、形状バリエショーンのシミュレーションと3Dプリンターによりモデル制作を行った。
・施工方法の検討
カテナリーと吹付けを生かした工法として、吹付け後、硬化したシェルをひっくり返す方法を検討した。
・人が入れるサイズの吹付けシェルの制作
吊り下げた布にマグネシアセメントを吹き付け、硬化後ひっくり返すことで、人が立って入れるスケールの自立するシェルを制作した。
結論・考察
3つのシェルの制作を通して、卵の殻や貝殻のようなモノコックの極薄シェル空間構造の表現の幅を広げるとともに、環境負荷に配慮したシェルの可能性を提示することができた。
①ハンドレイアップ法による積層ガラス繊維補強セメントによる極薄シェル
ハンドレイアップという工芸的手法に着目し、薄く少ない材料ながらも、W4000×D6000×H2000と人が入ることのできるサイズのシェルを実現することができた。薄いところで6mm、厚いところで10mmほどだが、人が5人以上乗っても大丈夫な強度も確認できた。
一方で、現場の作業は短時間で仕上げる必要があるため、多くの人手を要するとともに、さらにサイズが大きくなったときには新たな課題が生じることが考えられる。また、型枠の再利用が難しいため、型枠の簡略化などは今後の課題といえる。
②竹繊維補強による土とマグネシアセメントのシェル
マグネシアセメントという新しくも古い材料に着目し、ポルトランドセメントに替わるバインダーを用いた構造体の可能性を提示することができた。サイズは、W1700×D2500×H850ほどであるが、マグネシアセメントを初めてシェルの材料に利用したこともあり、安全を見てかなり40mmほどと厚く施工したが、6人以上乗るこ
とができたことから、もっと薄くできたと考えられる。
③マグネシアセメントによる繊維補強極薄シェル
マグネシアセメントの新しい工法として吹付け工法に着目することで、型枠を使用しない工法でありながら、人が入れるサイズのシェルを実現した。そのサイズもW3400×D3400×H2600とかなり大きく、硬化したものを現地でひっくり返す工法としては、かなり大きなサイズであると思われる。厚みも5~10mmほどととかなり薄くできている。本制作により土とマグネシアセメントによる極薄シェルの新たな可能性を提示することができた。
次年度以降はマグネシアセメントの配合比率と圧縮強度の関係を定量的に評価し、吹付け工法におけるベス
トプラクティスを見極めることで、本素材と工法による表現の確立を目指す。そして、物理演算シミュレー
ションで生成した複雑な形状をフルスケールのシェルで実践することで、よりインパクトのあるかたちで、本
工法の可能性を発信する。
英文要約
研究題目
A Study of spatial structure with ultra-thin shells of laminated fibre-reinforced cement using craft techniques.
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Ryohei Akita
Tokyo University of the Arts, Art Media Center,Specially-appointed Lecturer
本文
The purpose of this research is to explore the spatial structure of ultra-thin shell structures using a unique construction method through actual work on three shells and to present the possibility of environmentally friendly shell structures.
The first shell is the realization of an ultra-thin shell using glass fiber reinforced cement, the second shell is the realization of a shell using soil and magnesia cement as a binder of natural origin replacing Portland cement, and the third shell is the realization of an ultra-thin shell using soil and magnesia cement.