研究報告要約
調査研究
4-118
後藤 克史
目的
現在の日本を始め、欧米の先進諸国おいては高齢化や晩婚化による単身世帯の増加傾向にある。単身世帯が増える将来は確実でありながら、独身で未婚であることは未だに個人に問題があると捉えられたりマイノリティとして理解される。また、独居高齢者に限らず、一人で食事することは相対的に不健康であると考えれれている。しかし、単身世帯の増加、高齢化の社会的背景の中、必ずしもひとりで暮らすこと、食事することが否定的に捉えられるべきでなく、居住空間としての「家」と世帯としての「家族」の捉え方の更新が必要なのは明らかである。本研究では特に健康、すなわちWellbeingである生活を送るための基礎である「食」の習慣と「調理」する空間の関係性の研究対象とし、孤食(ひとりでの食事)の空間を調査の発端とし、孤食と共食(食事を他者と共にする)は不可分の事象でもあり、双方を連続した空間と捉えることで、建築計画学的、インテリアの配置や環境によるによる豊かで健康的な食の空間の獲得に還元できる研究成果を目指す。
加えて、シェアキッチン・コミュニティキッチンを施設、コミュニティ内での社会的、空間的な位置付に着目して、「調理」を共同作業、もしくは社会的活動と捉えた際に実現される「家族」の枠組みにとらわれない健康的な住環境創造につながる研究成果を目的とする。
内容
今回の研究の背景と目的には根本的に家庭、つまり住宅内での家族による共食と家庭外の共食との関係性に注目している。今回の訪問調査においてはサ高住や老人保健施設(特養等)が食住が密接した関係にあり、住戸や個室と共用部である、リビングダイニングとキッチンの関係性に注目して平明計画の類型を整理した。以下の二つのスケールに分けることができる。
• 住戸(居室)と共用部(リビングダイニング、キッチンを含め)の平面計画
• リビングダイニングとキッチン、つまり食事の提供者と被提供者の平面計画
住戸と共用部の平面計画に関して
各住戸(居室)と共用部の類型は小規模生活単位型特別養護老人ホーム(個室ユニット型特養)の運営との関連が文献より読み取れ、今回の訪問調査においても、事例14の「杜の家くりもと」が廊下に沿って2、4人部屋もしくは個室が直線で結ばれ、大食堂がある類型からの段階的な発展を遂げている平面計画である。そのほかの訪問した施設では障がい者のグループホームを含めて、ユニット型特養の特徴である、10人を生活規模の最大数としたユニット型となっており、各ユニットに共用部としてのリビングダイニングとキッチンが配されていることが確認できた。
関係者が口をそろえて良い環境といわれているサ高住であっても、ユニット型特養のような小規模単位の生活ではなく、むしろ90年代の特養に見られる個室が廊下で結ばれ、大食堂という類型に近い平面計画の事例があった。もちろん、事業者や訪問介護に従事する介護士の方々の努力によって良い生活環境がたもたれているのであるが、洗練されたインテリア、内装のしつらえ、高級家具等が良い環境という評価の側面もあると思われる。それに相反し、居室や入居者のコミュニティ内での自律性の観点からは管理者の目線からの平面計画であると考えられる。
リビングダイニングとキッチン平面計画に関して
各施設訪問の所感にも含めたが、圧倒的I型のカウンターもしくはアイランド、ペニンシュラのキッチンが多く、キッチン内部からリビングダイニング、そのほかの共用部の全体が見渡せる平面図となっている。「共用部の全体が見渡せる」というのは管理者からの視点で言えば、管理がしやすく、配置する人員が少なくて済むということになる。ただ、平面の類型だけではなく、キッチン周辺の人の集まり、キッチンを利用する人の意識が重要ということも今回の訪問で明らかになった。事例17、地域ケアよしかわは訪問介護・居宅介護のステーションであるが、定期的に地域食堂となる。その際にはボランティアが調理に集まるのであるが、アイランド型キッチンの内外の違いが感じられない、つまり管理者(内)と利用者(外)という関係があいまいになっている状況を確認できた。正方形に近いアイランド型のキッチンが要因として挙げあれると研究グループでは考えている。
英国のマギーズの訪問でも似たようなことが確認できた。マギーズではセンターの建築要件に「キッチンはオープンである」ことが明確に記述されている。さらに、建築要件でオープンキッチンに関して次のようにしてる。
「誰でもコーヒーやお茶を自分で入れることができ、リラックスできるようにしなければいけません。12人が座れる大きなテーブルがあるとよいでしょう。料理のデモンストレーションができる『アイランド型』キッチンがお勧めです。ここで、デモンストレーションやセミナー、グループ会議を行います。」
マギーズでは正方形のキッチンではないが、前後に十分なスペースが確保されており、回遊できるスペースが形成されていた。これは、正方形が前後左右に均等な空間を作ることで回遊性が確保できていたのと同質の空間ができていると判断できる。それにより、上記の要件を平面の類型に頼るだけでなく、丁寧に寸法にまで落とし込んで計画されていることが確認できた。
方法
基礎研究を目的としており、孤食の場となる個室やシェアキッチン等の実空間の調査・ドキュメンテーション(写真撮影や実測を含む)を第一段階とし、調査で得られたデータをもとに、空間の平面計画、ダイアグラム化とともに空間のマテリアル特性を抽出する。特に孤食と共食(食事を他者と共にする)空間を比較対象とすることで相対的な空間分析を行う。孤食・共食空間の双方を空間的に類型(タイプ別)に分けることで、孤食・共食空間を占有する調査対象者の利用状況、感情等の定性的な調査と関連付けを明確にする。
調査対象の施設、コミュニティへのアンケートやヒアリングでは孤食時の精神的不安定感を和らげる、生活意欲、食事の質の向上に関連する類型の調査、分析を行う。
本研究は以下の4つの骨幹的なセクションで構成されている。
a. 第1段階として文献や自治体の資料より、訪問調査対象となる子ども食堂、地域食堂、シェアキッチンを抽出、また上記の食堂、コミュニティキッチン等の事業主体が訪問介護・訪問看護ステーションと共有している事例も多いことから、キッチン併設の同事業所および老人福祉施設(一般的に老人ホームと呼ばれている施設)を調査対象として抽出。
b. 子ども食堂、地域食堂、コミュニティキッチン、老人福祉施設を対象に孤食・共食空間に関する訪問調査を行う。具体的には従来の実測や写真での調査を行う。
c. 上記で得られたデータをもとに、平面図、空間のダイアグラム、マテリアルや特徴的な物品の抽出を行う。これらは、CADやその他の描画ソフトおよびスケッチ等でまとまられる。さらに、空間やマテリアルを類型(タイプ)別に分類する。
d. Wellbeingにつながる空間の抽出を訪問調査として英国のマギーズセンターの関係者との面談、またマギーズ東京を含む英国の4つの施設を訪問。マギーズ東京および4つの英国のマギーズセンターでは施設の責任者、特に施設設計担当者との意見交換を重視し、それまでに収集した調査内容の比較検討を行う。
また、英国訪問中にはマギーズセンターの他、コミュニティキッチンを2箇所訪問調査、設計者との意見交換を実施。
結論・考察
今回の一連の調査・研究においては基礎的研究ということもあり、訪問調査における実例を収集することにその大半を割いた。しかし、共食と孤食の双方の空間や環境を扱うことを目的としながら、プライベートな孤食の空間への短期間によるアクセスは信頼関係やプライバシーの観点から、実際に調査することは困難であった。共食の場において一人で食事をしているという話も聞いたが、成果として空間的に分析できる正確さでの聞き取りも短時間の訪問では難しい問題であった。孤食の状況の調査に関しては調査方法を再検討が必須である。また、英国でのマギーズ訪問、関係者との面談では当初の予定していたシンポジウムで期待できるような視点、すなわち空間や当事者(利用者)の自律性という視点を得ることができたことはシンポジウムがキャンセルになったにも関わらず、海外での調査ができたことによると研究グループは考えている。また、孤食に関する今後の調査方法や視点への手がかりもマギーズの建築要件や実際の空間を体験したことで得られた。300平米ほどのセンターに一人になれる空間から14人が横になれる(ヨガやそのほかの活動で横になることが必要)空間が用意されているということである。自律した個人が本人の意思によって選ぶことができる空間が用意されている。そして、実際に行動できるサポート体制があるということは共食、孤食の空間的な隔たり、良し悪しのとらえ方の改善につながると感じられた。
本研究においては、研究の背景と目的に記したように単身世帯の増加、高齢化の社会的背景の中、家族で食事をするというごく当たり前の幸せ、生活の質の中心としてとらえられている価値と共食の捉え方の更新が根本にある。北川圭子著の「ダイニング・キッチンはこうして誕生した」には戦後の女性の地位の向上と並行して、ダイニング・キッチン発展普及したこと。そして多くの家族、女性にとって理想の家族、家庭像の憧れや象徴となりえたことが読み取れる。
「家庭のようなあなたの住まいとなりえる場所」
「家族のような時間が過ごせる場所」
グループホーム、サ高住で見られるこのようなフレーズは家族が我々の中に良い住環境やWellbeingの象徴として存在していることだと考える。これらの象徴としてのダイニングキッチンが今回の調査で数多く見られた、カウンターキッチンへの直接的な原因とは断定できない。北川圭子をはじめとした、住宅環境の発展と家族像、今回の調査・研究対象に挙げた施設のキッチンとリビングダイニングとの関連性に言及する研究に至るには、本研究はまだ基礎的な段階にあるといえる。
しかしながら、研究の背景でも指摘したように単身世帯の増加と高齢化の社会状況からは今後も家族を持たない単身の世帯は増えるであろうし、高齢化した単身世帯の生活の場として施設の増加を今の状況のまま行っても尊厳のある老後の人生は困難だと考える。
仮に老後でなくとしても家族像にとらわれない、住宅や住居を中心とする住まう形態への何かしらの憧れや理想、拠り所となる住環境創造が必要と考える。ヴァージニア ウルフの「自分だけの部屋」では家父長制社会に対して女性が自身の部屋を持つことで女性の自立を空間に置き換えて表現をした。先の北川圭子の著ではダイニングキッチンの普及が機能と空間を合わせて女性の社会的、家族内での地位向上を論じた。
本研究では今回の基礎的調査をもとに、今後の発展と展望はマギーズでみられるような自律性に着目しながら、キッチン・ダイニングに潜在的に存在する空間的ヒエラルキーに関してさらなる考察発展させ、近代的な家族像にとらわれない住環境の建築計画学的なアプローチで豊かで健康的な住空間・環境の発展に還元できるよう継続的な研究が必要と考える。
英文要約
研究題目
Research on spatial and materiality organization of lone dining and shared dining space in community kitchen within an ageing society: typology of kitchen and dining space and its relevance to wellbeing and food culture.
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Katsushi Goto, Researcher, Organization for the Strategic Coordination of Research and Intellectual Properties, Meiji University
Takayuki Ogawa, Head of department, Architecture department
Vishwa, Shroff, independent artist, partner at Squareworks LLP
本文
Particularly in Japan, Western Europe and North American countries, there is a growing trend of an increase in single-person households due to ageing demographics and delayed marriage. While the rise of single-person households is inevitable in the future, being unmarried and living alone is still often perceived as a negative situation. Additionally, dining alone is commonly considered relatively unhealthy, not only for solitary elderly individuals but also for individuals of any age.
However, within the social context of the increasing prevalence of single-person households and an aging population, living alone and dining alone should not necessarily be viewed negatively. It is imperative to re-constitute the value and concept of “home”, which, in general, is idealised by the ideal family of parents and children.
This study focuses on the relationship between the habits of “eating,” which are foundational to leading a life of well-being, and the space for “cooking” as a productive activity. The research begins by investigating the spatial aspects of dining alone, recognising that solitary dining and communal dining are inseparable phenomena. By conceptualising both as continuous spaces and acts, the study aims to foresee new lone and communal dining spaces through architectural planning, interior arrangement, and material organisation.
Furthermore, the research aims to explore suggestive planning and typology of a built environment that is not confined to the ideal family. Especially by viewing cooking and dining as collaborative and social undertakings, the research seeks to develop a democratic space governed by informed individuals who practice outside of conventional family ideology.